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February 24, 2007

スパンティーク峰(7027m)遠征 Ⅳ

 8日、傷は乾いてきている。傷のまわりの皮膚もどんどんはげおちてきて、細胞の回転が早まっていることがわかる。
 9日傷はみるみる良くなってきて、今日から抗生物質を中止とした。夜はK2モーテルでなんとオリンピック中継を見ることができた。
 10日、傷はほとんど良くなった。やはり高所における低酸素と代謝の低下が原因だったのだ。
 11日、ガイドのサルワルとリエゾンオフィサーがホテルにやってきた。私は今日中にでも出発したかったが、結局明日3人でBCをめざすことになった。
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 12日6時30分出発。ドコには1時40分着。ちょうど下山してきたカリームに会う。彼の話によると、なんと本隊は今日、明日でアタックするという。8日から10日までの悪天を考えると信じがたいが、急がないと遠征が終わってしまうことは確かだ。アランドゥに着いたのは、うす暗くなりかけた7時10分であった。足の方は完全に良くなった。
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 13日。6時10分出発。私たち3人の荷物を運んでもらうためポーターを2人雇う。チョゴルンマ氷河を右岸から左岸にわたり、樹林帯に入る。7時50分このペースでは今日中にBCまで入るのはとても無理なので、2人に話した上で先行することにした。なお、私が今日中に着けない場合のことも考え、ボロチョに2時までに着けないときはそこで待つということにした。
      チョゴルンマ氷河右岸の6000m級の無名峰
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 1人なのでどんどんとばす。途中ドイツ隊から帰ってきたポーターや牛を放牧している人たちに会う。
 ボロチョ着はちょうど2時だった。ここで白人2人組に会う。
     仮BC地点に近づく(写真は本隊と同一行動時のもの)
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 さていよいよ氷河だ。1人なのでクレバスの通過には非常に気を使う。
仮BC地点が近くなるとクレバスが多くなり、そのたびに迂回することになる。
 仮BC地点着は5時20分。休む間もなく登りにかかる。ここまでとばしてきたので相当の疲れだ。
 つづく。

 ここでお知らせをひとつ。
 日時:3月10日(土)
 場所:函館市シーポートプラザ前広場
 稜北九条の会設立二周年企画としてイベントを行います。
 アイスキャンドルを持ち寄り、「9」の文字を作ってあかりを灯します。函館に109万$の夜景を・・・というわけです。
 さて、今国会で国民投票法案が可決される可能性があります。今、できることをしましょう。
 お問い合わせは、メールでお願いします。

 もうひとつ。昨日シネマアイリスで「蟻の兵隊」をみた。
 主人公の考え方に全面的に賛同するわけではないが、終戦後も軍命令により多くの兵士が残って戦い、死んでいった事実。帰国後は勝手に残ったと扱われ、国から何の補償もないこと。命令を下した司令官が早々と帰国し、自分の身の安全をはかっていたことなどなど。
 あらためて日本軍の本質を見る思いがした。
 現在憲法をかえて、「戦争ができる国」にしようという動きがあるが、第二次大戦の反省はいったいどこに行ってしまったのだろうか。
 アメリカに従属を続け、戦争に巻き込まれるのはごめんである。

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