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December 31, 2006

七飯岳(779m) 06年12月31日 単独

 好天に誘われ、近郊の七飯岳に行ってきた。
             七飯岳山頂から駒ケ岳を望む
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 8時5分城たいスカイラインのゲート出発。積雪は5cmと少ない。
 右に分岐する林道に入リ、500m位進むと道は左に曲がる。ここですぐ右上に見える尾根に上がることにする。
 南側は採石場になっていて、境界を登って行く。
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 採石場を過ぎると、やっと樹林帯となり、おちついて登れるようになる。
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 上部で道を見失い、50mほどやぶ漕ぎをしたら、牧場に出た。
 頂上の小屋がずいぶん近くに見える。あと150mだ。
 雪はクラストして硬かったり、吹き溜まりでは膝までのラッセルとなったりで、一定しておらず。
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 振り返ると、毛無山、二股岳、きじひき高原などが見わたせる。
 一気に登りつめ、頂上着は9時40分だった。
 秀麗な駒ケ岳の姿が目に飛び込んでくる。
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横津岳方面も新雪におおわれ真っ白だ。以前冬に横津から縦走してここまで来たときのことを思い出した。本日の積雪は20~25cm。
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 寒いので小屋まで移動して風を避ける。おにぎりだけでも、頂上での休憩は至福の時間だ。
  
 眼下に広がる大野平野を目に焼き付けて、下りに入る。
 雪道の下りは早い。どんどん足が前に出る。
 採石場上部で2人組に会ったのには驚いた。おおみそかに登る人がいるとは。
 その後は順調に下山を続け、ゲート着は10時50分だった。
 新しいコースを歩け、新鮮な気持ちを味わえた山行だった。

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December 30, 2006

06年の山行ベスト10

 06年も明日で終わりだ。今年も道内を中心にあちこち登ることができた。
振り返ってみて、独断でベスト10を紹介したい。
     ベスト1は4月の冷水岳~白水岳~貝取ま縦走
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          ベスト2は4月のピリカヌプリ
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       ベスト3は4月の楽古岳~十勝岳縦走
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ベスト4は亀田半島毛無山縦走
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ベスト5は雷電山
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ベスト6は松倉川白滝沢
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ベスト7はペテガリ岳
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ベスト8は飯豊連峰縦走
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ベスト9は北ア唐沢岳
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ベスト10はスルカイ岳
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 さて、新聞によるとソマリアとエチオピアが戦争状態にあるという。
 ソマリア国内のエチオピア人難民地区で診療する
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 半年間協力活動をしたソマリアと、立ち寄ったことのあるエチオピアなので、とても他人事とは思えない。
 今回も裏にアメリカがいるようだ。もう代理戦争はやめてもらいたい。
 当時でさえ貧困と破壊のどん底にあえいでいたわけだが、これ以上戦争で痛めつけて何の益があるというのか。
 日本もこのままアメリカ従属を続けていたら、いつ戦争に巻き込まれるかわからないと思う。

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December 29, 2006

蝦夷松山(667m) 06年12月29日 同行Tさん

 新雪を踏んで、函館市近郊の蝦夷松山に行ってきた。
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 ようやく雪が降った。というわけで、手軽に登れる山、蝦夷松山をめざした。
 9時35分、陣川温泉出発。新雪が10cmくらい積もっている。
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 視界はあまりきかないが、夏道沿いに登って行くぶんには支障がない。
 小沢を渡り、急登をこなすと、林道に出た。厳冬期に道がわからず、苦労したところだ。
 小休止後、さらに上に向かう。気温もそう下がらず、快適だ。
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 頂上直下の岩場のふもとにリュックを置いて、核心部に取り付く。
 固定ロープの助けを借りながら、慎重に登っていく。
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 小岩場を回り込んだら、山頂だった。11時10分。
 残念ながら、雁皮山方面は風雪のため見えない。積雪は15cm位か。
 いつものように記念写真を撮る。こういうときは、2人だとはなはだ都合がよい。
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 寒くなってきたので、10分ほどで腰をあげる。
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 下りは滑落しないよう慎重を期した。
 リュックまでもどって腹ごしらえをしてから、のんびりと下山した。
 12時35分陣川温泉帰着。 
 温泉で汗を流してから帰宅した。

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December 17, 2006

スパンティーク峰(7027m)遠征 Ⅱ

           C1からライラ峰(6985m)をバックに
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 悪夢のはじまり
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 7月20日からはじまったキャラバンは順調に進み、24日にはベースキャンプ(以下BC) へ入るところまでこぎつけていた。ところが、4500mの鞍部でポーターのストライキという思わぬ事態が出現した。それまでまずまずの体調だった私はBCまでダブルボッカすることにした。2回目に担いだのが、運命の石油タンクであった。
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 夕闇迫る頃BCに着き、疲れていたので皆早々と就寝した。寝てしばらくしてから足に激痛がやってきた。暗がりの中で見ると、少し赤くなって以外変化はなさそうである。朦朧とした意識で靴下やズボンを脱いだら、痛みが軽くなったのでそのまま寝てしまった。
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 翌朝見ると、腰から足にかけて広範囲に赤くただれていて、一部水疱もできているではないか。ここでようやく、雪のため濡れたと思ったのが実は石油のためで、それによりひどい皮膚炎を起こしたのだということを認識した。
 それからは手持ちの薬でできるだけの治療をした。左足の靴があたるところ以外は徐々に治っていったが、そこだけはなかなか良くならなかった。
 2日間休養し、28日は我慢できずに第一キャンプ(以下C1)に荷上げした。登高中はすばらしい景色で一瞬傷のことも忘れたが、帰ってみると案の定傷は悪化していた。完全に治るまで登るのはとても無理だということを思い知らされた。
 以後はBCで治療に専念した。栄養不足では治るものも治らないので、摂取に努めた。経過は一進一退であった。

15日、教育基本法「改正」採決を自民、公明が強行した。あれだけ問題が噴出しているにもかかわらず、世論を無視してまでやるとは。「数の暴力」といわざるを得ない。次は憲法、その次は徴兵制だろう。住めない日本にしないため、力を尽くそうと思う。

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December 09, 2006

横津岳と鳴川岳(769m) 06年12月9日 単独

 函館の裏にそびえる横津岳と鳴川岳に行ってきた。
            横津岳山頂で熊泊山をバックに
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今年初めての「冬山」に、地元の横津を選んだ。天候はくもりで、けっこう寒い日である。
 横津スキー場が休止しているため、最終人家から2,3分走るともうゲートだった。
 9時出発。きれいに除雪された道を歩く。約1時間でよこつゴルフ場通過。
 スキー場までで除雪は終わり、その先は雪上車のあとをたどる。
   函館市の最高峰 袴腰岳
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   横津山頂のドーム
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 ばんだい号の慰霊碑分岐を過ぎると、樹氷が見られる。眼下には函館市街とその奥に函館山、津軽海峡をはさんで下北の山々も望めた。
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    山頂より望む袴腰岳
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 12時20分ようやく山頂到着。積雪は40~50cmと意外に少ない。風を避けていつもの記念撮影をする。
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 熊泊山は未踏であり、近いうちの登りたいものだ。
 小休止後、七飯スキー場をめざして、下りに入る。
 [道南の不遇な三山、鹿部丸山、熊泊山、泣面山]
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 1080mピークを過ぎると、クラストした雪を踏み抜くようになる。スノーシューをはいていても、やぶに足を取られてしまい、ほとんど進めず。縦走は断念することにした。
   [駒ヶ岳]
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 仕方がないので、来た道を引き返す。頂上付近は風が強いので、休まず歩く。
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 このまま下山するのもしゃくだ。というわけで、夏に断念した鳴川岳に寄ることにした。林道から300m位、膝くらいのラッセルを続け登頂す(2時半)。三角点は雪の下であり、どこにあるかまったくわからず。向かいの七飯岳の姿が新鮮だ。
 何もない鳴川岳山頂
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 あとは黙々と足を前に出して、3時55分下山した。
 当初のコースは踏破できなかったが、冬山を味わえ、鳴川岳にも登頂できたので、まずまずの山行だった。

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December 03, 2006

カラコルム スパンティーク峰(7027m)遠征

 92年神奈川ヒマラヤ登山隊に参加した。少し古い記録であるが、今でも参考になることがあると思うので紹介したい。
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隊長は日山協K2第2登時の登頂者のHさんで、副隊長だったHさんも参加されるなど実力のある隊であった。私は当時新潟に住んでいて十分な準備はできなかったが、事前山行の八ヶ岳阿弥陀岳南稜、五竜岳、立山真砂尾根などに参加した。
        事前山行で登った五竜岳から見た鹿島槍ヶ岳
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 次回から記載したいと思う。

 さて、雑誌「世界」12月号を読んだ。その中に紹介したい文章があったので、引用したい。
 「リハビリ制限は、平和な社会の否定である」多田富雄氏。免疫学者。01年脳梗塞になる。 
 中略。今回の改正は、「障害が180日で回復しなかったら死ね」と言うのも同じことである。私は大げさに言っているのではない。物言わぬ犠牲者がすでに出ているのだ。
 この改訂で得をするものはいないか。国民皆保険制度が崩壊すれば、一部の裕福な層が医療を独占し、外資系保険会社が甘い汁をすするだろう。その後ろに、立ち行かなくなった国立病院を安く買いあさっている、巨大な医療資本の影があることにも気づかなければならない。以下略。
 
 ところで、教育基本法改悪が危なくなってきた。
世論調査では、「今国会で成立が必要」はわずか19%、「今国会の成立にこだわるべきではない」が55%にのぼっている(日経11月28日付)。現在の数にものをいわせた強引な国会運営は、とても国民の意思を反映しているとはいえない。
 成立したら、政府が教育を思いのままコントロールし、お国のために命を投げ出す国民を大量生産するようになるであろう。ごめんである。
 あとわずか、できることをしていきたいと思う。

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