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May 31, 2006

インドヒマラヤKR6峰(6187m)初登頂 Ⅳ

             峠からKR4峰(6340m)を望む
Kr403
             峠からKR2峰、3峰を望む
Kr3

Kr6tizu
 8月2日。8時45分出発。ポニー6頭にて、装備と食料を5100mの峠に上げることにする。Kさんは不調でBCに残ることになる。ポニーはそれぞれ40kgの荷を積んで元気に登って行く。
 10時50分峠着。ポニーの荷を降ろす。
 これからはいよいよ未知の領域だ。私とポーターは各20kgの荷を担ぎ、氷河へと降りる。私は一番軽そうな米袋を選んだが、これがまた恐ろしく重い。まるで鉛が入っているのではないか、とさえ感じる。
 平坦に見えた氷河は意外に凹凸があり、川を渡ったり、クレバスを飛び越えたりしなければならない。
 さんざん歩いてKR4峰から派生する尾根末端へ向けて氷河を横切り、大休止とする。BCとの交信を試すが、うまくいかず。休んでいるうちに、アラレが降ってきた。急ごう。少し下って大岩の下に荷をデポする(0時50分)。
 すぐさまとってかえし、帰りは氷河の左岸にルートをとる。それにしても長い。ポーターにも不評なわけだ。2時半峠着。BC帰着は3時50分だった。
 3日。7時40分出発。本日は荷上げとABC(前進キャンプ)偵察が目標だ。9時40分峠着。各20kgの荷を背にデポ地をめざす。昨日の場所より少し下った地点を新しいデポ地とする(11時45分)。ここから私とコックはABCの偵察、他の4人は残りの荷を運ぶため、峠まで引き返すことにした。
 しばらく下って氷河の舌端を巻き、チャンドラ川沿いのガレ場をトラバースして行く。KR6峰めざしてがんがん歩く。ところが、いくら歩いてもKR6峰はおろか、景色もほとんど変わらないではないか。
 本当にどうなっているのかと思う頃、ようやくはるか前方にCB山群の一角が見えてきた。6000m級の山々である。これらの山を見ながらさらに回り込むと、ついにKR6峰が見えてきた。雑誌「山と仲間」で見覚えのあるあの山容だ。よくぞ我々が来るまで待っていてくれた、と叫ばずにはいられなかった。
 帰りが心配だったので、帰ろうと提案するも、コックはぜひピークの全容が見たいという。その熱意に負け、足を延ばした。
 1時35分、ついにKR6峰がその全容を現わした。頂上から降りている尾根がえらく急に見える。
 長い間あこがれていた未踏峰にはじめて対面したわけであるが、これまでの苦労が大きかっただけに峰に熱いものがこみ上げてきた。つづく。

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May 26, 2006

インドヒマラヤKR6峰(6187m)初登頂 Ⅲ 

                  KR2峰北面を望む
Kr203
 30日。午前8時キャラバンを開始する。ポニー12頭と馬方2人をあわせ、総勢11人と12頭となった。ポニーはらばとロバをかけあわせた動物で、1頭につき60kgもの荷を運んでくれるのだからありがたい。
 しばらくは広い谷の右岸を歩く。ついで両岸がせばまり、ガレ場をトラバースすることが多くなる。足元に気をつけホウホウの体でモレーン上に這い上がった。ここでチャイを飲みながら大休止する。
Kr201
 しばらくのんびりした後、約3時間で草原キャンプに到着した。
 14時偵察に出る。川の右岸をつめ、沢を渡って雪渓に出るとKR2峰(6187m)の北壁が目に飛び込んできた。3峰や4峰も一部見える。4600m地点まで登って引き返した。
 31日。8時20分出発。昨日と同様雪渓からモレーンの稜線をたどり、BC(4650m)9時40分着。
 小休止後モレーンの山をさらに登る。5000mで展望が開け、KR2峰のルートが手に取るように見える。
 氷河湖を回りこんで、ついに峠に着いた。0時30分。眼前にはKR2,3,4峰がそびえ、はるかかなたまで氷の海が広がった。
 3時30分草原キャンプ帰着。
 8月1日。9時出発で11時BC着。草原の中に直径100m位の湖があり、静かにKR2峰を映し出している。高山植物が咲き乱れ、天国のようなところだ。
Kr202
 夜はポーターたちと歌を歌った。彼らの歌はたいへんノリが良くて、高所に適した歌だと思った。
 テントの外に出てみると満天の星空で、星に手か届きそうなくらいだった。この星を見るためにだけでも、再訪する価値があると思う。(つづく)。

「誓い」ハッサン・バイエフ著 アスペクト を読んだ。チェチェン戦争の際、外科医として活動した人の記録。これは、すごい。戦争は、破壊以外のなにものでもない、ということを再認識した。そんななかでも、これだけのことができる人がいるということは、驚きである。
 文章中に以前登ったエルブルース山のことが出てきて、懐かしくなった。
 ぜひ、一読を勧めたい。

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May 19, 2006

インドヒマラヤKR6峰(6187m)初登頂Ⅱ

Patesio3
 7月20日成田発。隊員は私とKさんの2人。トレッキング隊としてHさん、Nさん。
 21日、22日。ニューデリーで準備とあいさつ。
 23日。大型バスで600km北にあるマナリをめざす。クールー経由で18時間かかって到着。くたくたであった。
 24日から26日。マナリはインド北部の保養地で標高は1900m、人口2000人の町である。ここで生鮮食品と足りない装備の調達をする。病院も見学させてもらう。麻酔にエーテルを使っていたのには驚いた。
 27日。午前8時、隊員、リエゾンオフィサー、ハイポーター3人、コック1人と800kgの荷をトラックに乗せ出発。めざすは百数十km北にあるパテシオ(標高3800m)だ。まずはロータン峠(3955m)へ向かう。途中故障するも、TATA 社のトラックは粘り強く登ってゆく。これほど高所の道が整備されているのは、軍用道路も兼ねているからだろう。
 峠ではあいにくの雨で展望は得られず。いったん谷底(3200m)まで降りる。眼下には濁流となった大河チャンドラ川が見え、この川の源流にKR6峰が待っているかと思うと、親しみさえ感じた。あたりの景色は一変し、乾燥気候らしい緑の少ない荒々しい地形となった。
Darucha
 ダルチャでははじめて氷河を見上げる。あたりの丘には中世の古城を思わせるような民家が点々と見える。午後6時過ぎやっとのことでパテシオに到着した。
Patesio1
28日、29日。川を渡って西側の斜面を登って高所順応をした。初日は4350mまで、2日目は4700mまで行ってみた。足元には高山植物が多く、気分がなごむ。登るほど眺望がひろがり、T1,T2,KR1,KR2などの6000m峰をはじめ、5000m台の無名峰のパノラマが展開する。やはり日本の山とはスケールがちがうなと思った。
Patesio2
 テント帰着後ザンスカールから11日かけてやってきたという日本人と会う。我々もかなり物好きな方だが、数段上である。つづく。
 写真は我々がたどるキャラバンルート。

 19日「共謀罪法案」がなんとか強行採決されずに済んだ。この法案が通ってしまったら、これまで自由にできた講演会や勉強会、集会やデモ行進はできなくなってしまうのではないか。先日のメーデーのデモ行進の際にも、3人もの逮捕者が出ているのである。法案が通る前でさえ、この状況である。
 国はことあるごとに「テロ」に対抗するためという。いたずらに危機意識をあおって、どうしたいのか。よしんばテロの危険性がゼロではないとして、誰がこういう状況にしたのか。よく考えて見たい。
 「共謀罪法案」何とかして成立を防ぎたい。
 

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May 14, 2006

インドヒマラヤKR6峰(6187m)初登頂Ⅰ 昭和61年7~8月

Kr6_1
写真:KR5峰から見たKR6峰 東京農業大学探検部 インドヒマラヤ遠征隊撮影
 若い頃、ヒマラヤの未踏峰にあこがれた。古い記録であるが、今でも記録的価値はあると思うので、ここに紹介したい。
 当時山岳雑誌や遠征隊の記録を読みあさり、ヒマラヤ愛好者の集会に出席したりして情報を集めたが、なかなか見つからなかった。
 そんな折、新潟県の中越を中心に活動している「みちぐさ山の会」の知人を訪ねることができた。彼は、その年の夏KR2峰に遠征したばかりで、貴重な情報を得ることができた。中でもKR6峰とKR7峰は登られていないらしいという。これはチャンスだと思った。
 できるだけ急いで事務手続きをとり、年が明けて2月には登山申請をした。そのほかの、事務、装備、食料、雑用と、やるべきことは山ほどあった。これらを3人(1人けがをしてからは2人)でやるのは本当に骨が折れた。
 おかげで登山の方は、冬に富士山や八ヶ岳、3月に白馬岳主稜を登っただけで、満足のいく準備はできなかった。仕方がないので、日常のトレーニングに精を出した。夕方はたいてい仕事が入っていたので、夜11時以降にならざるを得なかった。毎日トレーニングが終わると布団に倒れこむような日々であったが、非常に充実していた。
 こうして5月にはインド登山財団から、正式な許可をもらい、あとは出発を待つばかりとなった。(つづく)。

 ここでご案内をひとつ。5月27日(土)高遠菜穂子さんの講演会を開きます。場所は函館市亀田福祉センター講堂で、午後2時からです。電話は0138-42-7023です。高遠さんがイラクで取り組んでいるプロジェクトの内容を中心にお話していただく予定です。お近くの人はぜひ足をはこんでみてください。

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May 09, 2006

信州御座山(2112m) 06年5月6日 同行Mさん

 荒船山の翌日、同じく200名山のひとつである御座山に向かった。
 南相木村、粟生の林道終点登山口7時35分着。しばらくゆるやかな道を進む。すみれが少しあったが、荒船と違い花は少なめだ。道がジグザグになると、急登がはじまる。不動の滝8時35分。氷の塊が2個残っていた。
 ここより少し登ると、写真のようなくさり場が出てきた。展望は広がる一方で、金峰山方面が良く見える。
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 小ピークを越え、写真の御座山にまみえる。岩場が迫力満点だ。石楠花が多い樹林帯で、11人パーティーに会う。
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 快適そうな避難小屋を通り過ぎると山頂に出た。10時5分。大展望だ。南西には天狗山、男山が見え、その奥に南アルプスが望める。
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 西にはまだ雪に覆われた八ヶ岳連峰がまじかだ。
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 北西には岩峰の先に佐久の名峰、茂来山が目立つ。_034
 奥秩父の山々も指呼できた。
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 山頂でいつもの旗を写真に撮る。
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 気持ちの良い頂上につい長居したくなるが、重い腰をあげる。北面は雪が少し残っていて、注意を要す。1992mピークは立派な山容だ。見晴し台11時40分。長者の森コースを分け、林道着。開拓地の道をのんびりと歩き、1時35分三寸木に下山した。
 今日会ったのは14人。静かな山だった。

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May 07, 2006

荒船山 06年5月5日 同行Mさん

 以前から気になっていた200名山のひとつ、荒船山に登ってきた。
 10時20分佐久から入り、荒船不動コース出発。数分で分岐点着。我々は頭上に見える御岳をまずめざすことにした。
 カラマツ林の新緑がすがすがしい。足元にはいろんなすみれが咲いており、目を楽しませてくれる。11時50分御岳着。兜岩山、ローソク岩の展望がすばらしい。
 小休止後、荒船最高点の行塚山に足を向ける。やぶを通して写真のような姿が見えた。
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 直下の急登をこなすと、待望の山頂だった。12時50分。天気が良すぎるのか、遠くの山はかすんでみえる。_011
 のんびりと休んだ後、トモ岩への縦走に入る。それにしてもまっ平らな地形だ。どうしてこんな地形が山頂部にできたか、本当に不思議である。ほどなく岩壁が特徴的なトモ岩着。写真のように垂直の岩場となっていて、はるか下に内山峠に登る車の列が見下ろされた。
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 この地点からの展望はさすがにすばらしく、写真の妙義山方面に加え、浅間山が良く見えた。
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 あまりゆっくりもしておられず、内山峠へ足を向ける。途中一部はしごが出てきたりするが、総じて安全な道である。時々トモ岩の岩壁を振り返りながら、内山峠は4時10分着。
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 重い腰をあげ、熊倉峰の登りに入る。この登り返しは、意外にきつかった。振り返ると写真のような左から御岳、ローソク岩、兜岩山のパノラマが広がった。トモ岩と最高点の行塚山が良く見える地点で記念撮影をする。
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 5時30分山荘あらふね到着。狙っていた荒船山を縦走でき、満足した山行だった。


 ところで、連休明けに重大な法案の審議が目白おしとなっている。「共謀罪法案」、「教育基本法改正?法案」
国民投票に関する法案など。この時期これだけのものが一気に出てくるとなると、「数の論理」で今のうち通してしまおうというのではないか。身動きができなくならないうちに、今できることを考えたいと思う。

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信州十観山 06年5月4日 同行家族

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 写真 上左:頂上から上田市方面を見下ろす 上右:山頂から北アルプス鹿島槍方面を望む 下左:山頂でいつもの旗を掲げる 下右:パラグライダーが気持ちよく飛んでいた
 信州は青木村、青木三山のひとつ十観山(1285m)に登った。
 9時15分登山口出発。落ち葉が積もった気持ちの良い登山道を登る。約40分で登頂。近いところで子まゆみ岳、夫神岳が、振り返ると北アルプスが真っ白な姿で見える。当初めざしていた蓮華岳東尾根も確認できた。
 いつもより豊富な昼食後、のんびりと下山したが、まだ11時だった。
 信州は手軽に登れる山が多く、ファミリー登山にもってこいだと思う。

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May 01, 2006

日高トヨニ岳~ピリカヌプリ 06年4月29日 単独

 翌日は以前から狙っていたピリカヌプリをめざした。
 4時13分野塚トンネル入り口出発。西にある主稜線に突き上げるゆるい沢にトレースがついており、それをたどることにする。雪はかなり多くまったく問題ない。朝日が野塚岳にあたってきた。
 5時25分稜線に出る。南には昨日登った楽古や十勝も見え、すばらしい景色だ。北には写真のようなトヨニ岳も見上げられ、ファイトがわく。
Toyoni1
 この地点からは一部細い稜線となっていて注意しながら登って行く。いよいよ南峰が近づいてきた。ここから見る南峰は写真のように迫力があり、やはり日高の主峰のひとつだと感じる。
Toyoni2
 南峰は6時55分着。北には北峰とその奥はるかにピリカヌプリが望めた。ここから見るピリカは写真のようにおそろしく遠く、これを今日中にピストンすることができるだろうかと不安もよぎる。
Toyoni3
 北峰は順調に越え、徐々にピリカが近くなってきた。1512mピークのあたりで突然トレースが合流してきた。おかしいなと思いよくよく見たら、写真のようなクマの足跡だった。東側の沢に降りて行っているようだ。雪山はクマの動きもわかるので安心だ。
Pirika1
 Pirika2
 1500mピークから一気に150m近く降りる。小休止後ピリカの登りにかかる。稜線が細く一部両側とも切れ落ちた雪稜も出てきて油断ができない。頂上直下の急登をこなすと待望の山頂だった。10時7分。景色はすばらしいの一語で、北はエサオマントッタベツからカムエク、1839やペテガリ、近いところでは神威とソエマツなどが望め、このまたとない瞬間を十分に味わった。
Pirika4
 先が長いので、10時半過ぎ重い腰をあげる。例の雪稜は慎重にこなし、1338mピーク付近で札幌からきた2人組に会う。彼らも日帰りだ。北峰を越え、1時半南峰着。ちょうど3人パーティが東峰に向け出発したところだった。東峰も写真のようになかなかすっきりしたピークである。
Pirika7
 南峰から少し降りたところで振り返ると、写真のように南峰が聳え立っているのが見えた。さらに下っていくと3パーティに会う。皆稜線上で泊るようだ。朝突き上げた地点から少し登って、1268mピークを下山地点とする。気温が高くなり、ツボ足ではかなり埋まるも気にせず降りつづけ、3時40分トンネル着。
 真っ白なピリカヌプリに登頂でき大満足の山行だった。
Pirika6
 

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