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January 31, 2006

三枚岳(586m) 06年1月31日 同行Tさん

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 写真 上左:新百名山恵山をバックに 上右:当初の目標であった真っ白な毛無山
 下左:年末に悪戦苦闘した古部丸山 下右:南隣りの山の向こうには津軽海峡が
 好天に誘われ近郊の道のない山、三枚岳に行ってきた。
7時35分盤の沢川出合出発。積雪は4、50cmと少ない。林道に沿って黙々とラッセルする。昨日気温が高かったせいか、けっこう埋まる。303mピーク直下くらいの地点から、とど松の斜面を直上することにした。
 標高差で250mあまりの急登をこなすと林道に出た。この道に沿って北に進む。三枚岳回りこむと、めざす毛無山が見えてきた。まだはるか先だ。加えてここから標高差で130mは降りないといけない。残念だが今回は断念することにした。
 気を取り直して三枚岳の登りにかかる。意外にあっさり山頂着。10時10分。
 真っ白な毛無山。年末に登った古部丸山、新百名山の恵山、潮首岬の向こうには津軽海峡も見える。
 頂でいつもの旗をもって写真を撮ったあと下山に入る。まっすぐ西へ向かって降りることにする。
 あとは帰路を順調にこなし、11時45分登山口に到着した。
 短時間だったが新しい山を登れて満足した山行だった。

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January 29, 2006

三森山 06年1月29日 同行Uさん

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 写真 上左:497mピークを見上げる。正面の尾根を登った。 上右:静寂の三森山山頂。バックは袴腰岳。
 中左:一緒に登ったUさん。頂まであとわずか。中右:雁皮山から蝦夷松山の稜線を見る。
 下左:遠くに古部丸山と恵山を望む。下右:林道から三森山を振り返る。
 近郊でクマの多い山、三森山に行ってきた。
9時、松倉川の林道除雪終点(寅沢分岐)出発。スノーモービルの跡があるので楽だ。30分で497mピークがよく見える地点着。積雪は6、70cmくらいか。ここより尾根伝いにピークを目指すことにする。
 はじめは緩やかたが登れば登るほど急になり、ついにスノーシューを脱いでつぼ足で登ることになった。やぶをつかんで太ももまでのラッセルはこたえる。対岸の岩場にかかる氷ばくを慰めにがんばり、11時15分497mピークに這い上がる。
 ここから見上げる三森山はまだはるかに遠く、一瞬くじけそうになった。休んでばかりもいられないので、気を取り直して足を踏みだす。この地点からは明瞭な尾根となり、その分雪も締まってきて大助かりだ。
 尾根が北に向かうと、いよいよ三森山本体の登りに入る。東に望む恵山、古部丸山の眺めに励まされているうちに山頂到着。12時40分だった。
 展望はまずまずで、西には袴腰、雁皮、蝦夷松山、北には泣面山、南には函館山や津軽海峡を挟んで青森の山まで見えた。今日はじめての大休止とした。
 さて、下山はどうするか。往路を下るのは急すぎて厳しい。南に見下ろされる583mピークから降りてみることで合意した。途中林道に出るも、ほどなく消えてしまう。ピークの先まで行ってびっくり。崖になっているではないか。仕方がないのでもう一度登り返して、ピークの先から東へ降りることにした。
 予想通り立派な林道に出る。あとは黙々とこれをたどればよいのだ。409mピークを回りこみ、2回ほど近道をしたら、松倉川林道に出た。3時55分下山する。
 非常に登りがいのある山だった。

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January 22, 2006

越後の秘峰Ⅲ

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越後の秘峰第3弾、紹介したい。
まず上は矢筈岳山頂から見た駒形山(1072m)。まわりは山また山である。この景色がきっかけになり、川内、下田山塊に通うことになった。
 右は貉ケ森山(1315m)。以前は道がなくて困難な山だった。
 下は御神楽の大森あたりから望んだ鍋倉山(1107m)。未登頂。どっしりした山容でいつかは登ってみたいものだ。

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January 21, 2006

台場山(491m) 06年1月21日 単独

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 写真 上左:台場山山頂。バックは泣面山。 上右:大きい三森山 下:先月登った古部丸山を望む
 あの新撰組土方歳三が本陣を構えたという台場山に行ってきた。
 10時35分、川汲トンネル入り口出発。ここより尾根を直登することにした。
 積雪は70cmくらい。しまりがない雪で、スノーシューをつけても膝近くまで埋まる。傾斜も急なため、想定外に厳しい登高となった。
 35分がんばって、林道にでた。やはり林道は楽だ。10cmくらいしか沈まなくなる。489mピークは登らずに回り込んで近道をする。
 けっこう寒い。-7~8度だろうか。天候はまあまあだ。NTTのアンテナの下を通って、川汲峠に着く。
 あと一息だ。ゆるい尾根をたどると、真っ白な台場山に到着。11時50分だった。
 残念ながら函館方面は雪で見えず。三森山と泣面山が大きく見えた。振り返ると先月登った古部丸山と未踏の毛無山が望める。北側は海も見え、気分が良い。
 風が強く寒いのであまり休んでもいられず、下山の途につく。下りは早く12時50分にはトンネルに帰着した。
 短時間だが、新しい山に登れ満足した山行だった。

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January 14, 2006

越後の秘峰Ⅱ

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 越後の秘峰、第二弾をお届けしたい。
 まず上左は992m峰。中の又山から東方向、県境稜線上にあるピーク。我々は御神楽岳から縦走したとき登った。知る人ぞ知る秘峰。登ったことがある人はごく少ないと思う。
 上右は裏の山。中の又山と駒形山の間にある。このコースを縦走するつもりでなければ行けない山。名前は平凡だが、かなりのやぶ漕ぎを覚悟しなければならない。
 下は灰ヶ岳(1028m)。毛石山からの尾根にある。主稜線からはずれているので、なかなか登れない山。写真のとおり山容は立派である。

最近出た本「この時代に異議あり」鎌田慧著 ポプラ社を読んだ。まえがきから一部抜粋したい。
 米国を真似た日本は、年間五兆円の防衛費をもつ軍事大国であり、自殺大国であり、アスベスト大国であり、過労死大国であり、リストラ大国であって、これまた異常である。賃金は下がり、サービス残業はふえ、医療費、授業料は上がる。庶民の生活はますます苦しくなっている。
 未来があかるいとはかぎらない。それがこれまでの日本との大きなちがいである。「もう二度と戦争はしません」との戦後の誓いが、わたしたちの生活に張りあいをつくってきた。昔のように、軍人が威張り、警察が横柄になり、労働者が経営者にヘイコラする時代は、いやだ。
 おたがいに信頼しあってやさしく、おたがいに譲りあう人間的な小国、戦争をしている国には、やめなさい、という。それが、憲法第九条が示している国の未来である。
 非常に示唆に富む内容であった。ぜひ一読を勧めたい。

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January 09, 2006

四九郎岳(759m) 06年1月9日 単独

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 写真 上左:左が四九郎、右が660mピーク 上右:頂上から駒ケ岳方面 中左:四九郎岳
 中右:弥五兵衛岳と木地挽山 下:二股岳と奥に毛無山
 先日登った三九郎岳の隣にある山、四九郎岳に行ってきた。
 地形図では名前はついていないが、以前新聞の記事で上記の名前があったので使わせていただいた。
 10時40分グリーンピア大沼出発。今日は好天だ。しばらくは歩くスキーコースに沿って進む。
 右側にスキー場に回りこむと思われる立派な道があったので、スノーモービル跡を追う。積雪は60~70cmか。新雪の分だけ10cmほど沈む。11時35分やっとスキー場へつづく稜線に到着。
 スノーシューをつけ稜線をたどると、林道に出る。この林道は660mピーク直下までついていて、正直驚いた。
 森川岳方面の展望を楽しみながら急登をこなし、ピークに着く。積雪は1m位か。
 ここからいったんブナ林の中を下り、雪庇の張り出した斜面を登りきると頂上だった。1時25分。
 駒ケ岳方面がひらけたきもちのよい頂である。
 南には、弥五兵衛岳、二股岳、少し遠くに毛無山が見え、尾根を西にたどると先日登った三九郎岳が迫力ある姿で望めた。
 下りは南東尾根を一気に降りる。沢が近づくとうまい具合に林道にぶつかり、ほどなく除雪された伐採地に出た。あとは黙々と歩を進め、2時50分グリーンピアに帰着する。
 短時間であったが、登りがいのある山だった。

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January 06, 2006

越後の秘峰 Ⅰ

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 写真 上左:矢筈岳から見た青里岳と五剣谷岳 上右:矢筈岳頂上から見た東峰と魚止山と太郎山 下:毛無山と矢筈岳 
 道南の秘峰に引き続き、越後の山についても写真を紹介したい。
 なお、私が登ったのはずいぶん前なので、最近の状態については、しかるべきところに問い合わせいただきたい。
 まずは川内山塊。山をはじめて3年目、笠堀ダムから矢筈、青里、五剣谷と縦走した。その頃この山域はほとんど注目されていなかったが、山はすばらしかった。特に矢筈岳は気に入り、計3度山頂に立った。「岳人」マイナー名山のトップにあげられるだけのものはあると思う。
 太郎山は川内でも難しい山である。急な雪壁の直登は緊張の連続だ。
 毛無山は未登頂。主稜線から離れているので、なかなか登れない山である。

 ところで元旦の函館新聞を見ていたら、佐高信氏の「小泉流改革を斬る」という記事があった。
 中略。改革を叫ぶ者が改革者ではない。誰のための、どんな改革かが重要なのであり、悪しき改革なら、何もしないでくれた方がいい。
 中略。小泉総裁の下、自民党は改憲案を発表し、自衛軍の創設を謳っている。「殺される側」に立つ非武装の理想を捨て、「殺す側」に立つ普通の国になるというのである。これを改悪と言わずして、何を改悪と言うのか。
・・・。
 我々は知らず知らずのうちに、殺す側に立ってものごとを見ていないか。
 非常に説得力のある文章であると思う。ぜひ一読を勧めたい。

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January 03, 2006

三九郎岳 06年1月3日 同行Hさん、Tさん

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 写真 左:風雪の尾根を忠実にたどる 右:三九郎岳山頂でいつもの旗を掲げる
 道南の道のない山、三九郎岳(805m)に行ってきた。以前弥五平五兵衛岳から二股岳を越えて三九郎岳まで縦走したことがあり、二度目となる。同行は山の会の二人だ。
 7時50分グリーンピア大沼の駐車場出発。天気は小雪まじりの曇天である。
 右股沢沿いの林道をつめ、右側の尾根が近くなったところで登りに入る。積雪はこのあたりで5,60cm位か。
 途中林道を横切って進むと、急斜面となる。今回はスノーシューなので、あまり埋まらず快適だ。
 502mピークに出ると風が強まってきた。右側には、立派な尾根が沢を挟んでぼんやりと見える。
 明瞭な尾根を登り、標高710m地点で方向が変わる。
 三九郎岳の南のピークが見えてきたら、ほどなく頂上だった。10時50分着。
 ピンクテープが1本巻きついているだけの山頂である。残念ながら視界はほとんどない。積雪は1m強。
 風が強くて休んでもいられず。少し下って雪庇の陰で小休止する。
 あとはトレース沿いに降りるだけだ。順調に下り、12時50分下山。
 グリーンピアの温泉に入ってあったまってから帰函した。

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January 01, 2006

ヒマラヤの未踏峰

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 新年特別企画として、私が直接見た山のうち、いまだ登られていないと思うものを紹介したい。
まず一番上はネパールクーンブヒマラヤのナウレク峰(昭和58年3月)。メラピークの隣りの山。メラ・ラから登ればそう難しくないと思うのだが。
 二番目はインドKR6峰の隣りの岩峰(6100m位)、左の鋭鋒も未踏と思われる。昭和61年8月KR6峰登頂時見た。高度な技術が要求される山だ。
 三番目はパキスタンチョゴルンマ氷河右岸の山。標高は6000mをわずかに切る。正面の尾根を登っていけば登れそうに見えた。
 四番目はネパールクーンブヒマラヤのピーク43(6770m(昭和58年3月)。写真のように秀麗な山容。非常に目立つ山なので、近いうちに登られる可能性あり。

 さて、雑誌「世界」の1月号を読んだ。伊藤真の中高生のための憲法教室22から抜粋したい。
 今回は自民党の「新憲法草案」についてである。
 中略 また、自民党案九条の二の三項には、自衛軍の活動が三つ規定されています。その三つめには、「緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命もしくは自由を守るためにの活動を行うことができる」とあります。
 つまり、国内で暴動などが起こったら自衛軍がその鎮圧にあたるということです。なにをもって「公の秩序を維持するための活動」とするのかがはっきりしませんが、とにかく国民に対して、軍の銃口がむけられるということです。そしてこうした活動には、国会の承認はおろか、憲法上はなんの統制も必要とされていません。中略。
 
 最近のチラシを配っただけで逮捕されたり、平和をアピールする行進に参加した人が逮捕される現状を見ると、この草案がどういうことをめざしているのか、空恐ろしくなる。
 ぜひ一読を薦めたい。

 

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