« September 2005 | Main | November 2005 »

October 30, 2005

クーンブヒマラヤの無名峰 

mera1
kodomo01
 写真 左:ルクラ近くの5000m峰 右:ネパールの山村で会ったこどもたち
 一昨日自民党の新憲法草案が発表された。新聞では、自衛群保持を明記、国民の責務も強調、と紹介されている。予想されたものより「穏やか」という印象を与えないではない。
 ただ、第96条を見ると、憲法の改正の発議が現行では総議員の三分の二以上の賛成が必要であったものが、過半数でよいことになる。現在の国会議員の勢力を見るなら、これでは毎年でも「改正」できることになる。今回は小幅でよいわけである。
 また第76条では、新たに軍事裁判所を設置するとある。なぜこのようなものが必要なのか。戦時中の軍法会議を連想せざるを得ない。
 我々の子供や孫が、将来とも写真のように笑顔で生きていけるよう、じっくり考える時だと思う。
                    

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 29, 2005

道南の秘峰 Ⅱ

_012
_084
_022
<marudake01

okizawa01
 前回につづいて道南の秘峰を紹介したい。
左上はペンケ岳(856m)。岩子岳と一緒に登った。向かって右がペンケ岳。鞍部からの登り返しがきつかった。
 右上は1002m峰。狩場山茂津多コースから南に見える。翼を広げたような姿は登高欲をそそる。未登頂。
 左中は鹿部丸山(909m)。横津岳の稜線からピストンした。奥に見えているのは熊泊山。
 右中は知内温泉燈明岳の登りから見た丸岳(531m)と長山(581m)。とても500m台の山とは思えない迫力。未登頂。
 下右は沖沢山(952m)。元小屋沢山から見た。険しい岩峰となっていて、条件によりザイルを要す。未登頂。
 
 道南の山は人が少ない。一日歩いても2,3人しか人に会わないことが多い。
 道南の山は道が少ない。登山道がある山はむしろ例外だ。
 道南の山はクマが多い。クマが冬眠して雪におおわれる冬がチャンスである。
 
 今シーズンいくつ登れるか、楽しみである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 28, 2005

御神楽岳 水晶尾根 昭和56年9月15日 越稜山岳会山行

mikagura02
mikagura01
写真 左:本谷を遡行する 右:本谷奥壁を見上げる(なおこれらの写真は別山行時のもの)
 古い記録であるが、室谷からの登山道ができた今、登る人はまれと思い、紹介したい。
 この尾根は、以前新高ルンゼを登った際見下ろしたピラミッド状岩峰が印象に残っていて、ぜひ登っておきたかった。
 6時20分出発。湯沢出合にて本谷スラブ、登山道パーティーと別れる。ひぐち穴、らくだの穴沢は小ぶりだが岩壁である。本名穴沢出合7時35分。快適そうなので、この沢をアプローチにとることにした。水量はかなり少ない。右俣本流が大きな滝を落としている。左俣の正面は岩壁になっているので、さらに左に入る。やぶの出た小沢をつめ、右手に見えてきたスラブまでトラバースする。20mくらい登ってザイルをつける。ここより5ピッチ岩とやぶの境目を進んで広いところに出た。
 乾いた岩にEBシューズが快い(古い・・)。もろい岩稜に2ピッチザイルを伸ばす。以後は容易で、ごっそり生えた水晶に目をやる余裕も出てきた。立派な尾根に合流したあと、鋭いナイフリッジとなる。御神楽槍は30mほどの岩峰で、トップで快適な岩を楽しむ。
 少し行くと今度は20mほどの岩峰。ボルトとハーケンが3本残置されていた。ゆったりと立ち上がる本名穴沢、けっこう急な新高ルンゼ、本峰に突き上げる奥壁など眺望は申し分ない。
 湯沢の頭には3時20分着。あとは通いなれた道を鉱山跡へと急いだ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

October 22, 2005

ネパール アイランドピーク登頂Ⅳ 1990年10月 同行シェルパ

island10
island11
 写真 左:頂上に立つNシェルパ、パックはマカルー 右:頂上の私、バックはアマダブラム
 Nは容易だと思ったのか、ザイルもつけず20m位登ってしまう。こんなところで命を落としたくないので、ザイルをつけるよう説得する。彼のところまで登り、そこから3ピッチスタカット登攀した。上部へ行くほど急になっており、中央のセラックを右から回り込むようにして登りきった。途中休むところがないので、息が切れること。
 稜線に出ると頂はわずか150m先である。小休止後すっきりした雪稜をコンティニュアスで登り、9時8分頂を踏みしめた。
 無風快晴。眺望は本当に感動的だった。眼前のローツェ南壁は手が届きそうなくらい。マカルー、バルンツェからアマダブラムまでつづく白銀の峰々。奥にはチャムランやメラ・ピークも見えるではないか。遠くロールワリンヒマラヤやチョーオユーまでも望まれる。水筒の水を飲みほし、あらためて四囲を見わたす。体調もよく、この2度とない時間を存分に楽しんだ。
10時下山開始。例の雪壁の上で降りる準備をしていると、アルプスのガイドだという3人が別々にノーザイルで登ってきた。さすがだ。
 Nに確保してもらい、私が降りる。40mザイルをのばしてNを迎える。ここで彼に落ちられたら、この装備ではとても止められないだろう。彼にそのまま40m降りてもらう。次は私の番だ。手足とも限界に近かったが、気力でこなし基部まで達した(11時10分)。
 しばらく休んでから下山する。あとは休まず下って、1時24分にはBCに着いた。極度の脱水だ。チャイを何杯もおかわりする。2時10分BCに別れを告げ、4時5分チュクンに降りた。
 9日。ポルツェ泊。
 10,11日。ゴーキョピーク(5360m)に登頂した。
 12~13日。ナムチェバザール経由でルクラまで下山。
 14~17日。4日間でジリまで歩く。トレッキング本来の良さが残っている静かで味のある旅だった。
 18日。バスでカトマンズ帰着。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 20, 2005

トンガリ山大集合 

_031
 上記特集が「山と渓谷」最新号で組まれた。北海道からは夕張マッターホルン、芦別岳、利尻山のローソク岩が選ばれていた。道南にも尖岳という山があるのをご存知だろうか。
 木古内から内陸に入ったところにそびえる山で、海の方から見るとえらくトンガッている。
 今年2月単独で狙ったが、あまりの深雪にあえなく断念。3月にリベンジできた。周りの山がすべて下に見える気持ちの良い山頂だった。

本日の北海道新聞夕刊を見て驚いた。札幌で道警と陸自が合同して対テロ実働訓練を行ったとのこと。全国初で400人が参加したという。
 上陸した武装工作員によるゲリラ攻撃を受けた際の治安出動を想定したものであるそうだ。
 そもそも北朝鮮などによるゲリラ攻撃の可能性がどれだけあるのか。現状では非現実的としか思えず、別に目的があるのではないかと思わせられる。
 最近テロテロと不安をあおるような発言が目立つが、どうして戦争を防ぎ平和な世界にするようあらゆる努力をしないのか、疑問である。少なくとも、中国や韓国などの人々の神経を逆なでする国会議員の靖国神社参拝は理解できない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 16, 2005

道南の秘峰5選

_066
_038
_062
_024
_003
oonuma02
道南の秘峰を最近登った山の中から五つ独断で選んでみた。
 まず左上は、狗神岳(899m)。濁川温泉から入った。頂上直下は急峻で、ザイルを要す山である。
 右上は砂蘭部岳(984m)。桜野牧場から。横山経由の尾根は長く、忍耐を要求される山である。
 左中は岩子岳(802m)。雲石スカイラインから。頂上から見た遊楽部岳には度肝を抜かれた。
 右中は袴腰岳(699m)。トンガリチリチリ林道より。尖岳とあわせて登ると充実した山行となる。
 下は馬岳(661m)。知内温泉より。今までほとんど知られていなかった山域。パイオニアワークが味わえる。
 なお、詳しい記録はバックナンバーをご覧ください。
 近いうちに登ってみたい秘峰としては、沖沢山(952m)、スルカイ岳(882m)、雷電山(703m)、牛岳(約660m)、親岳(695m)など。

 本日大沼グレートラン(14.4km)に参加した。紅葉の湖畔を走れ、本当に気持ちよかった。夏から秋にかけて2回腰痛が出てほとんど練習できなかったので、1時間をきるのがやっとだった。出発前、「腰痛おじさんの山歩き」でおなじみSさんに会い、写真を撮っていただいた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 10, 2005

大千軒岳 05年10月10日 青い山脈山行同行

_014
_005
_009
 写真 上左:休み場付近から紅葉のキレット沢を見る 上右:稜線を頂上まであと少し 下:一等三角点の大千軒岳山頂
 大千軒岳の高山植物保護活動をしている「青い山脈」の自然観察山行に同行させていただいた。
7時10分知内川コース登山口出発。総勢7名である。今年はドングリやヤマブドウそれにコクワなど山の幸が不作で、いつになくクマの出没が目立っている。でもこの人数なら安心だ。
 登山道は知内川沿いにつけられており、水量も少なく順調に進む。金山番所8時40分着。千軒銀座を過ぎるといよいよ急登となる。
 気持ちの良いブナ林だ。紅葉がはじまっていて、見とれているうちにガンバレ岩に着く。ここより上部は一面ガスとなる。千軒平に出ると風が強まってきた。
 シーズン中は高山植物のお花畑となるが、今は見渡す限り草紅葉である。江良岳を左から巻き、ひとがんばりすると頂上だった(10時40分)。
 うまい具合にガスが一部切れ、北~西方面の展望が得られた。いつものように証拠写真を撮って下山にかかる。千軒平より少し降りたら、地元のHさんに出会う。9時に登山口を出てきたという。
 下山はやはり早く、2時15分には登山口に着いた。紅葉最盛期とはいかなかったが、静かで味わいのある山旅であった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 08, 2005

ネパール アイランドピーク登頂Ⅲ 1990年10月 同行シェルパ

island09
island07
 写真 左:奥がルートとなった雪壁 右:氷河からはすばらしいヒマラヤの峰々が望める
 7日。フランス隊14人と前後して出発。彼らは多分公募隊なのであろう。老若男女混成パーティーである。彼らを見ていると、昨日の自信喪失状態から少しだけ回復することができた。
 はじめはモレーンの上、つづいてアプレーションバレーの中を歩いてゆく。アイランドピークを回り込むようにしながらゆっくりと高度を稼ぐ。途中本日アタックを試みた2人組みに会うが、氷河の取り付きまでしか行けなかったという。
 チュクンから2時間40分でBC(5070m)着。テントがすでに10張りほど張ってある。午後2時を過ぎると、本日登頂した人たちが続々と帰ってきた。皆かなり疲れた様子だが、登頂できたという喜びに満ち溢れている。どうも上は相当風が強いらしい。
 午後3時を過ぎてから、だるい体に鞭打って偵察に出る。氷河を少しつめると草の生えた斜面があらわれ、踏跡が上へとのびている。5040mまで登ったところで、めざす頂上が見えてきた。まずまずの調子か。ピークのすぐ裏にローツェシャールが見え、驚いてしまう。明日登るであろうルートをしっかりと目に焼きつけて下山に移る。BC帰着後は装備を入念にチェックし、早めに寝袋に入った。
 8日。2時過ぎに起床。昨夜は結局2時間くらいしか眠れなかった。仕方あるまい。かなりの脱水になることが予想できたので、十分水分を補給したうえで、3時30分出発した。暗い中黙々と歩く。4時50分。ハイキャンプ地点(5600m)到着。さらに上をめざす。
 ライトがひとつ先行していたが、徐々に間隔をつめ追いつく。ブラジル人のクライマーで、昨日失敗し本日再挑戦だという。斜面を右に回りこみ、ガレ場の岩尾根を登ってゆく。技術的にはまったく問題のないコースだ。
夜がようやく明けてきた。フランス隊がはるか下を登ってくるのが見える。6時、5800m地点でルートは氷河へと変わる。ここでアイゼンをつけ、雪原のような氷河をノーザイルで登ってゆく。クレバスも現れるが、雪の橋ができており楽に通過する。緩登をこなすと頂上が見えてきた。基部まで進む。手前の氷まじりのルンゼを登るか、奥の雪壁を登るか、どちらかである。我々は雪壁を選ぶ。7時30分取り付き着。下から見るとけっこう急である。50度位であろうか。距離は120mほど。一部氷化している。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 02, 2005

ネパール アイランドピーク登頂Ⅱ 1990年10月 同行シェルパ

island04
island05
 写真 左:正面がめざすアイランドピーク 右:アイスフォール地帯を進む
 11月3日。5時半出発。寝不足だ。平坦なアプレーションバレーの道をしばらく歩くとゴラクシェプ(5100m)に着く。正面にカラパタールと思われるピークが見えるが、Nはピークを巻いてさらに奥へと登ってゆく。8時35分、やっと頂にたどり着く。標高は5700mくらいか。ヌプツェ、ローツェ、エベレスト、チベットのチャンツェなどの巨峰が屏風のように展開する。頭上にはプモリ(7145m)が聳え、本日アタックを敢行したスペイン隊の姿も望まれた。
 1時間以上休んで下山にかかる。12時20分ロブチェ帰着。ルクラへの飛行機で一緒だった日本人のおじさん2人組に再会する。休む間もなくディンボチェ(4412m)まで下った。
 4日。夜中より吐き気が出現。どうにもおさまらない。昨日のオーバーワークがひびいたのだろうか。高山病のことも考えて、いったんパンボチェまでおりることにする。パンボチェではペリチェの診療所で働いているシェルパ(植村直己さんのことをよく知っていた)に世話になった。下痢もはじまり体調は最悪だ。ここまできてこんな状態で
は、本当にやりきれない思いになる。
 午後イタリア人が1人やってきた。彼も体調をこわしひとりで下りてきたという。お互い親近感を持ち、今度はマッターホルンに一緒に登ろうということで励まし合った。とにかく休養に専念した一日であった。
 5日。久々にぐっすり眠れた。症状も軽くなったので、これならいけそうだ。ゆっくり歩いてディンボチェへもどる。この日は好天。気温も上がり、久しぶりに洗濯をしてサッパリとした。
 6日。昨夜もまずまず眠れた。のんびりとチュクン(4730m)へ。到着後ローツェ側の小山へ40分で登る。ローツェ
南壁が覆いかぶさってくるようだ。稜線からは雪煙が上がっていて、相当風が強そうだ。
 下山してからチュクンの小屋でのんびりしていると、登攀装備の点検をしている白人パーティーが目に入る。彼らもアイランドピークをめざしているという。いかにもヨーロッパアルプスで鍛えてきたという風貌で、装備もばっちりだ。それにひきかえ我々は、安全ベルト、ヘルメットなし。ザイルは擦り切れた農耕用のロープのようなものが1本。スノーバーはおもちゃのような小型のものが3枚。Nはピッケルも持っておらず、私のアイスバイルで登るつもりらしい。まったくこんなことで登れるんだろうか。不安感にさいなまれた。

 ここで本を一冊紹介したい。「生きる」という権利。講談社、安田好弘著。まだ全部は読んでいないが、山谷を舞台にした警察と暴力団の関係など驚くべき内容だ。
 昨年イラクで高遠さんたちが捕らえられた際、国会前の集会に参加した。このとき想像をはるかに上回る厳重な警備に感じたものと通じるものがある。
 ぜひ一読を薦めたいと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 2005 | Main | November 2005 »