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March 06, 2005

ネパール メラ・ピーク(6476m)試登 昭和58年3月 同行Nさん、Yさん

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 写真は上左:5300mの無名峰、上右:チャムランとマカルーを望む(Nさん撮影)、下左:未踏峰のピーク43(6769m)、下右:メラ・ピーク前衛峰をバックにYさん
 山をはじめて7年目、いつかは自分もヒマラヤへ、と思っていたが、とうとうその日がやってきた。めざすはメラ・ピークで、エベレストに近いクーンブ山群に属する山だ。
 3月13日。カトマンズには夕方着いた。タクシーの窓から眺める風景は、大正時代にタイムスリップしたような気さえおこさせたのを思い出す。質素な身なり、素朴な人柄、白熱電燈が点々とついていて、魂のふるさとに帰ったような感じがした。
 15日。幸運にも一発でルクラへ飛べた。この目ではじめて仰ぐヒマラヤの峰々、やはり感動した。キャラバンに入ってからは、日一日と自己の獲得高度を更新してゆくのが愉快だった。この年は豪雪で毎日のように降雪があり、キャラバンは遅れに遅れた。ベースキャンプに着いたときには、なんと3日しか余裕がないところまできていた。そこで一発勝負をかけたのだが、結果はNさんが5600m、私が5415mのメラ・ラ、Yさんが5300mまでであった。
 それにしてもBCから上は厳しかった。夜の寒さは予想以上で、羽毛の寝袋を二重にしてやっとしのげるくらいであった。テント内のポリタンは一滴も残さず凍ってしまう状態であった。
 寒さと同様驚いたのは、乾燥した大気である。強い日差し、特に氷河からの照り返しは想像を超え、小さいテルモスではないに等しかった。登山中も脱水に悩まされ、一日が終わるとげっそりしていたのを思い出す。
 シェルパやポーターたちとの交流も忘れがたい。皆気のいい人たちばかりで、キャラバンも非常に楽しいものだった。ただ泊場については、ポーターたちが気の毒だった。我々やシェルパにはテントがあったが、彼らには何もなかった。岩小屋で薄い毛布一枚ではさぞ寒かったであろうに。
 下山してから慰労会を催した。シェルパばかりではなくポーターも全員呼んで、できる範囲の歓待をした。ある中年のオジサンポーターは、キャラバン中とは違い、いっちょうらの背広を着てきた。酒が入るほど多弁になり、最後には泣き出してしまった。どうも、私のようなポーターをこんな場に招いてもらって本当にうれしい、ということのようであった。背景があるだけに複雑な心境だった。
 はじめてのヒマラヤは試登に終わったが、実り多い旅だった。

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