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February 20, 2005

川内、下田山塊(毛石山から浅草岳)縦走 昭和57年 同行Yさん

kawati4kawati3kawati2kawati1 川内山塊とは、新潟市から南東へ約50km、早出川の源流に存在する山々のことを指す。下田山塊、会越国境の山々が隣接している。写真は上左:矢筈岳の登りから見る青里岳、上右:矢筈岳頂上から東峰を望む、下左:毛無山と矢筈岳を振り返る、下右:鬼ガ面山
 昭和53年5月、笠堀ダムから激流と化した笠堀川をスノーブリッジを利用して渡り、やぶをこいで川内の主峰矢筈岳(1258m)に立った。同行した2人は前年大川からの数度にわたる執ようなアタックにもかかわらず登頂できなかったため、矢筈岳へ尋常ではない執念を燃やしていた。
 山頂からの展望に声を失った。360度どこまでも続く山並み、道のまったくない未踏の山々、地味ななかにもスケールの大きな山容、どれをとってもそれまで接したことのないもので、圧倒的な迫力で私に迫ってきた。これだ!と思った。私は矢筈岳山頂で、近年中にこれらの山々をすべて登ってやるぞと心に誓った。
 というわけで、この後3回の山行でほぼ宿願を果たすのだが、今でも記録的価値はあると思われるので、ここにそのうち一つを紹介したい。
 4月3日。夜中に雨が降り出し、門原トンネルに退避。5時25分出発。いまは無人の一軒家の軒先にかかっている門原町内会長という札が哀愁を誘う。河岸段丘をしばらく進み、左の尾根に取り付く。斜面にはほとんど雪がなく、強烈なやぶこぎとなる。379mピークから楽になる。雨あしはけっこう強く、風も出てきた。両側の峡谷が墨絵のようにボーっとかすんで見える。しばらく前の単独らしき人の足跡が続いていて驚いた。尾根には一部踏跡があり、電線が落ちていたりする。毛石山の250mの登りは身にこたえた。視界は50m位。次のピークで突然尾根が二つに分かれ、雪庇のつき方が逆になっている。左を取って、赤倉川側が切れているのでその境目を進んだ。雨からみぞれ、さらに雪と最悪のパターンになってきた。灰ケ岳付近で二重稜線となり不安になるも赤倉側を歩む。ここから10分もすると雪洞作りにもってこいの雪堤があり、吹雪にかこつけて早めに泊場決定とした。1時55分。体、特に足は一点の乾きもないほどで、夕方は濡れ物乾かしに費やす。
 4月4日。5時35分出発。朝の冷気に雪は硬くしまっている。三方ガリー手前で沢に降り対岸の尾根に取り付く。これで20分は得したろう。小雪まじりだが視界は良好。上下の少ない雪稜をつめていくと青里岳頂上到着。8時15分。青里の下りは急でクラストしている。いよいよ川内の主峰矢筈岳だ。尾根が90度曲がる頃より険しくなる。両側がすっぱり切れ落ちていて、越後三山の桧廊下のような感じだ。天候は風雪模様になってきた。
 10時40分。やっと頂上を足下にする。3回目だがさすがに矢筈の頂上っていうのは気分が良い。東峰の方が高く見える。南側の巨大雪庇に注意を払い、東峰には連続トラバース。スケールが大きく、何かヒマラヤの稜線にいるような錯覚をする。東峰からはくさった斜面を一気に下る。三方ガリーから先行していたトレースが5人パーティーのものであることが判明した。90度曲がって最低鞍部。不思議なことにここはいつも岩盤が露出している。1049mピークでは15mの岩場の斜面を直登。ガンガラシバナの岩壁がよく見える。横から見るとやぶが目立つが、正面からは迫力満点だ。高距350m位だろうか。三方境1時着。けっこう雪がついていて楽ができた。駒形ピストンはやめにして、なおも進む。裏の山手前鞍部にて雪洞を掘るのに絶好の場所を発見。泊場とする。3時45分。雪がやわらかく1時間もすると完成した。後はガスをたいて濡れ物を乾かすだけである。
 4月5日。3時に起床。どうしてもシュラフがぬれてしまい、安眠が妨げられる。雪がくさるのを恐れて5時出発。裏の山には5分で着く。ここから最低鞍部までが、例年やぶの拷問に悩まされるところである。しかし今年は遅くなって降雪があったらしく、苦労せずに最低鞍部に到着する。6時。さてと200mの急登である。例年出ている岩場も雪で隠れ、雪庇もベストコンディションである。中の又側の岩場に大氷ばくがかかっている。休憩も取らず快調に稼ぐ。中の又山は8時20分。今まで利用したトレースは御神楽岳の方に向かっている。中の又はこれで4回目だ。過去の苦労した山行が思い出される。ここから五平衛小屋跡までの地形はまったく複雑怪奇。何度来ても戸惑ってしまう。
 9時40分、五平衛小屋跡着。ここからは未知の領域だ。たまに出てくる150~200mの斜面にシゴかれるが、平坦なところはガンガン飛ばす。正面には烏帽子山が荒々しい姿を見せ、奥には守門連山が気高くそそり立っている。Yさんの足取りは軽くなるばかりで、なかなか追いつけない。1135mピークへは気力で這い上がる。黒姫が軍艦のような迫力だ。烏帽子ピストンは3時間は必要。しかも頂上直下が異常に急だ。断念する。眼下に広がる田代平は雪が消えるとすばらしい湿原になりそうだ。八十里越直前で右に降りていくと滝が出でいた。冷たい水をたらふく飲むことができた。泊場を物色しながら進み、1010.5mピークでザックをおろす。4時。
 4月6日。満天星空のもと4時10分出発。あたり一面はかぎりなく平坦だ。しばらく進むと尾根らしくなるが、それを越えると本当の大雪原となる。浅草岳の頂まで一直線だ。クラストした雪面をガサッガサッと快い音を立てながら歩む。小屋経由で6時45分、頂上の三角点を踏みしめる。鬼ガ面山の眺めは圧巻だ。冬の谷川岳もこんな感じなのだろうか。大休止しようと思っていたが、強風に凍えビスケットを詰め込んで頂を後にする。
 ここから鬼ガ面山までがつらかった。雪面が凍っていてアイゼンが欲しい。新潟県側をトラバースして巨大な雪庇を避ける。雪壁も出てきてステップも切らされる。消耗激しく8時38分鬼ガ面にたどり着く。ここからは飛ぶように下降し、9時40分六十里越着。なんとしても11時50分の列車に間に合わせようと必死に歩く。斜面からのデブリが気になるが、灼熱のの中飛ばしに飛ばす。沢水も見送るだけで力の限り歩く。駅まで1kmのところからは除雪されている。ラスト500mはマラソンになる。11時35分くたびれ果てて田子倉駅に着く。
 装備、食料は極力軽量化した。飯はジフィーズ。果物、野菜はなし。ガソリンも1人1日150mlで大量に余った。そのせいか入山時でもザックが22,3kgと軽く、大いに行程を伸ばすことができた山行である。
 

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