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February 06, 2005

ヒマラヤの旅 0年11月 単独

rantannrirunganeshgosainkundoheranbu 北海道に戻る前少し時間ができたので、気軽にトレッキングに行ってくることにした。めざす山域はネパールのランタンヒマラヤ。7年前に一度経験のある山域である。
 11月12日。上海経由でカトマンズ入り。関西空港から宿に電話していたので、出迎えがあった。いつものインターナショナルゲストハウスに荷を降ろす。
 13日。旅行会社を数件あたり、一番安いところに決める。紹介されたシェルパは、エベレスト登頂者で数日前にダウラギリから帰ってきたという若者であった。旅の間も今までの遠征の話を聞くことができ、ラッキーであった。荷物は極力切り詰め10kg強となった。
 14日。朝一番の乗り合いバスで出発。カカニを過ぎる頃から車に酔ってしまい、つらいバスの旅だった。午後4時ようやく目的地のドゥンチェに着く。標高は2040mで少し肌寒い。
 15日。8時出発。今日は標高差で1300m、コースタイムで5時間の行程である。川沿いの道をしばらく進み、急な尾根に取り付く。1時間ほどがんばると一軒の茶屋に出た。お茶を一杯頼む。母子3人の質素な暮らしが丸見えで、食事といってもご飯だけであった。急登しばらくで、展望のよい広場に着いた。ここで昼食とする。おきまりのネパール定食で、安くて腹いっぱいになる。アーミーキャンプの脇を通り過ぎてひと登りすると、シンゴンパについた(午後1時) 。
標高は3350mもあり、すでに北アルプスよりも高い。7年前とはずいぶん様変わりしていて、立派なロッジが数件並んでいる。休憩後少し上まで散歩に出る。村をぶらついていたら、50台と思われる日本人夫婦(以下A夫妻と略す)に会い、しばらく話し込む。ランタン谷をトレッキングしてきたので順応は十分なようだ。夕方日本の家に衛星電話をすることができた。
 16日。7時40分出発。今日の行程は短いのでゆっくり行く。うっそうとした林の中をしばらく進むとチャランパティ(3584m)着。正面にランタンリルン(7225m)が望める。ここからはゆったりした尾根を登る。いろんな国から登山者が来ており、ちょっとした会話が楽しみになる。ガスが出てきて視界が利かなくなってきた。9時45分ラウレビナヤク(3900m)着。時間はまだ早いが、高所順応を考えここを宿とする。昨日会ったA夫妻はゴサインクンドめざして登っていった。昼食後200m位上部まであしをのばす。夕方逆コースでカトマンズから歩いてきたという札幌出身の60台の男性に会い、情報を仕入れる。
 17日。昨夜は冷え込み、カトマンズで羽毛服を借りてきたのは正解だった。入山後初めての快晴となり、ガネッシュ山群、マナスル山群まで見渡せる。7時15分出発。200m位登るとさらに展望はよくなり、遠くアンナプルナ山群まで指呼できた。岩尾根を回り込むと湖が見えてきた。ここでスイス人の老人に会う。70歳を越えてなお軽装でヒマラヤを歩き回っている姿に驚く。4380mのゴサインクンドは8時40分着。深い青色の水をたたえた湖で、ヒンズー教の聖地となっている。7年前に比べるとロッジははるかに快適となっており、衛星電話の設備もある。こんな山奥から日本に電話できるなんて、以前は考えもつかなかったことである。裏山のピークへ行ってみる。順応はまあまあか。前回はここで引き返したので、これからは未知の領域である。湖からひと登りで、11時20分タルチョーのはためく峠着。標高は今回の旅の最高地点4610mである。ガスが出てきて展望はいまいちなのが残念だ。
 荒涼とした広い谷を降りていく。3930mのカルカで小休止。ここには8年前墜落した飛行機の残骸がまだ残っていた。少し険しくなった道を上り下りを繰り返しながらがんばり、2時45分ゴプテ着。例のA夫妻と再会する。
 18日。7時10分出発。朝のひとがんばりで展望のよい尾根ターレパティ(3597m)に上がる。北には3900m位のピークがあり、30分で達する。体調良好。6000m峰を数多く持つジュガール山群の展望を楽しむ。ここからは石楠花の多い林をのんびりと下っていく。標高が下がった分暑くなって来た。アーミーキャンプのある広場でゆっくり昼食を取っていたら、A夫妻に追いつかれた。広い尾根を一路下り続け、2時今日の宿クトゥムサンに到着。標高は2460m。食料が豊富でホットシャワーまである。久々に汗を流しすっきりした。シェルパもどこにしまっていたのか、はりっとした服に着替えてきた。
 19日。7時25分出発。今日はできたらカトマンズまで帰ろうと意気込む。天まで届くような段々畑を見ながら、下り続ける。チプリンで昼食。のんびりしていたら、A夫妻にまたまた追いつかれてしまった。このままではチソパニ泊まりになってしまうので、一気にペースを上げる。最低鞍部は1768mしかなく日本の夏山並みの暑さだ。急な尾根道を快調に登る。1時35分チソパニ着。紅茶でのどをうるおし休まず登る。最後の山(2438m)を越えるとあとは下りだけだ。これで終わりだと思うと力が出る。飛ばしに飛ばして4時10分スンダリジャル(1390m)に下山する。タクシーをつかまえてゲストハウスに戻った。
 20日。一日のんびり過ごす。
 21日。セスナでエベレスト方面のマウンテンフライトを楽しむ。
 22日。上海経由で帰国。
 派手さはないが、登山者の少ない静かな山旅であった。

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