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February 13, 2005

飯豊連峰カモシカ縦走 昭和58年 単独

iide1iide2iide3 古い記録であるが、越後の山行をひとつ紹介したい。近いうちに再挑戦したいコースである。
 写真は左上:5月中旬の大日岳。右上:同じく北股岳から本山方向。下:3月の大日岳。
晴れた日には、朝夕望まれる飯豊。遠き山、深き山といわれてきた飯豊。いろいろ便利になってきたとはいえ、いまだ未開を残す山である。地元の利を生かして四季折々の姿に親しんできたが、ここらでひとつ斬新なことをやってみたくなってきた。
 早掛け山行には、数年来関心を持ってきた。それが、上越国境、川内山塊などで少しばかりの成果となって表れたが、まだまだ満足のいくものではなかった。地図を広げ物色していたら、飯豊、朝日、越後三山が目にとまった。朝日にはアプローチの難点があり、越後三山には過去の記録がある。それでは飯豊はどうだろう。日帰り縦走の話はあまり聞いたことがないし、その日のうちに新潟に帰ればすっきりしたものになるのではないか。
 それでは、飯豊の山容を見てみよう。稜線に突き上げる尾根は、いずれも鉄砲登りである。登降のロスが少なく、効率のよい登りといえる。次に稜線に出てみよう。一見してわかるように、起伏がほとんどない。距離を稼ぐにはうってつけであり、早掛けのためにあるのでは、と思いたくなるくらいである。
 7月15日。いまにも雨が降り出しそうな空模様であるが、こういうチャンスはめったにないと思い、勇躍山都へと向かう。一の木でバスは終点だ。川入をめざして雨の中トボトボ歩いていたら、車に拾われた。キャンプ場に着き、明るいうちにシュラフカバーにもぐり込む。
 16日。30分ほどもうとうとしたろうか。23時30分に起きだし、パンを無理やり腹に押し込む。篠着く雨の中、0時15分キャンプ場を後にする。10分で登山口に着き、下十五里へ向かう。体調優れず中十五里、上十五里とだいぶ時間がかかってしまった。道は流水のせいか溝になっていて、登りにくいったらない。縦走の始発点として地蔵岳山頂はぜひとも踏んでおきたかったが、入り口がわからず敗退。休まず鞍部まで降りる(2時40分)。いよいよ剣が峰だ。ライト一つで不安があったが、岩場のやさしい所を選んでいったら迷わず通過できた。無人の三国小屋着3時25分。元気いっぱい雨中に飛び出し、しばらく下ってひょいと標識を見た。なんと疣岩山に向かっているではないか。ここで約10分ロスしたことになる。種蒔山にかかる頃から明るくなってくるも、依然として雨。大地を踏みしめ、一歩一歩足を出す。山腹を横切ると切合小屋が見えてきた(4時45分)。小屋内では、5,6人が心地よさそうな寝息を立てていた。
 急登の草履塚を越え、飯豊では珍しいくさり場(御秘所)にさしかかる。風雨が強まりバランスを保つのも容易ではない。ここからはガラガラの登り300mで本山小屋だ。一気につめ小屋着6時25分。中では父親と息子らしき親子が出発準備をしていた。トボトボ歩いて御西小屋は7時45分。屋根を打つ雨音のすごさに、大日岳ピストンはあっさり断念する。今回は努めて無理しないようにし、ゆっくり歩きを貫くつもりだ。
 天狗岳では、去年の沢登り合宿時つきあげたところを見つけ、懐古にひたる。天狗の庭、御手洗池と豊富な雪渓を横断することが多くなる。烏帽子周辺で五パーティーに出会うが、サブザック姿が場違いな雰囲気である。のんびり歩き、体力温存を図る。カイラギ小屋10時通過。休む間もなく北股岳へと足を向ける。
 北股岳を越してしばらくは、ゆったりした稜線漫歩を楽しむ。門内小屋11時5分着。雨はさっきからやんでいて、視界もきいてきた。頼母木小屋は12時30分着。黒川村の青年四人がいて、その中の二人は門内小屋に管理人として入るそうだ。水場を検分している彼らを後に、草原を下って行く。まったく気分が良い。大石山で地元の女性三人組と会い、「今日はどこからですか?」と聞かれるが、「川入から」と答えるのが痛快だ。すこぶる快調。この分なら楽勝だと、鉾立峰、えぶり差岳(高差400m)の急登をピッチを上げて登りきる。えぶり差は14時30分着。さっきの三人がのんびり頼母木小屋へと向かっているのが望見された。よし、あと4時間もすればビールだと楽観するも、この後に訪れる地獄を誰が想像できたろう。
 連峰に最後の一瞥をくれ、権内尾根に入る。尾根というより峰であり、小ピークが林立している。懸命に歩くが、いっこうに高度が下がってくれない。やっとのことで権内ノ峰まで達する。残るは急降下700mだ。疲れきった体には下りといえども厳しく、這うようにして高度を下げていく。体はもうボロ雑巾のような感じだ。東俣川の吊り橋を渡り三吉の峰を登り返すが、この登りでまたまた汗をかかされる。第二の吊り橋を渡ると、林道終点まで一投足だった(17時10分)。寝不足と疲労でもうクタクタである。だが列車時間があるので休んではいられない。渓谷を見下ろしながら、黙々と足を前に出す。釣り師に出会い励まされるが、その彼もバイクで行ってしまった。それにしてもなんと長いロードなんだろう。おまけに靴ずれも悪化してきた。一生懸命に歩くが、時速にして4キロも出ていないようだ。
 18時56分、7kmのロードをやっとのことで歩き通し、大石ダムに着く。大石集落まで歩くだけの余力がないので、タクシーを呼び越後下関駅へ。余裕で急行「べにばな」に間に合い、22時過ぎには新潟に帰着することができた。

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Comments

お久しぶりです。新潟時代にはお世話になりました。まだまだ山も健在ですね。私のほうも長岡勤務で仕事に余裕ができた反面、長期の休みがとれないため日帰り山行をつきつめてやってます。このたび飯豊の日帰りだったのですが調べていて先生のブログに出会いました。何かのおりにはまたよろしくお願いします。なお飯豊の報告はもうちょっとで完成です

Posted by: 星野 | October 25, 2010 at 12:46 PM

ご無沙汰しております。こちらこそ、たいへんお世話になりました。
飯豊本山日帰り、すごいです。ときわのHaさんからブログを紹介してもらい拝見しました。その他、すばらしい記録ばかりで驚いています。
私の方は4年前に膝を痛めた後、トレールランなどはできなくなりました。道内の山を中心にボチボチ登っています。
新潟の山は、今年佐渡に雪割草を見に行きました。5月連休には万太郎~谷川縦走とネコブ山ピストンを実行できました。
機会をみて、またよろしくお願いします。

Posted by: SHO | October 26, 2010 at 10:32 PM

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