July 05, 2009
June 29, 2009
June 21, 2009
函館市 赤沼探訪 09年6月20日 単独
以前から気になっていたが訪ねる機会がなかった、赤川の奥にある赤沼に行ってきた。




トレーニングを兼ねて自転車で出発する。ダムを過ぎて桔梗への道を分けると、道が急に悪くなった。
仕方がないので、残りの3kmは歩くことにする。
たどり着いた赤沼は神秘的な泉だった。赤沼に入る川は一切ないので、これだけの水が湧き出ているということに正直驚いた。
往復3時間でいいものを見せてもらった。








教師、医師までワーキングプアになってしまったアメリカ。「医師の平均年収は年間19万9千ドル。取材したある医師はそのうち18万ドルを訴訟保険に払っていました。恐ろしい話でしょう?引けば1万9千ドルで生活するワーキング・プアになってしまうんです。現役の医師でありながらワーキング・プア・・・以下略」。そのほかの職業は?おして知るべしです。
日本が追従するアメリカ。よくよく実態を見ておいた方がよいと思う。
ぜひ一読を勧めたい。

June 14, 2009
June 07, 2009
May 31, 2009
Nシェルパのこと
もうずいぶん前になるが、私が出会った一人のシェルパのことを紹介したい。
アイランドピーク山頂のN

若い頃、ネパールで山登りをしようと考え、一人でカトマンズを訪ねたことがある。
知った旅行社からシェルパを紹介してもらった。それがNだった。
ガチュンカン登頂をはじめ、8000m峰に何度も遠征したことがあるという。
年は24歳。長身で、精悍な印象の若者だった。
彼のおいをコックとして雇い、3人だけの小さい登山隊となった。
まずはカラパタールへ。
途中彼の実家のあるP村になぜか2泊することになる。
5700mのカラパタールで高度順応を済ませ、アイランドピークに向かった。
貧弱な装備にもかかわらず、2人で順調に登頂。
帰りはゴーキョ手前のナで彼のお母さんが働くロッジで歓待を受けた。
その後はルクラからジリまで4日で歩き、バスでカトマンズまで戻った。
2人で1ヶ月近くも一緒に登ったわけだから、いろんな意味で記憶に残る若者だった。
氷河を登るN

3年後カトマンズ市内を歩いていたら、偶然Nと再会した。久しぶりに握手をした右手は指が2本短くなっていた。
旅行社に使われるのがいやで、自分で遠征やトレッキングを扱う会社を立ち上げたという。
お互いの健闘を祝して別れた。
カラパタールのN

数年後カトマンズを訪れた際、旅行社でNの消息を尋ねた。
返ってきた答えはアンナプルナで遭難したというものだった。
会社の経営がうまくいかなかったのか詳しい経緯はわからないが、Nは再び遠征隊のシェルパとして働いていたのだ。
いろんなことが思い起こされ、万感せまる思いだった。

































































































































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